大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(行)60号 判決 1972年7月18日

原告 鶴谷二利三郎

右訴訟代理人弁護士 中野道

同 今村滋

被告 東京国税局長

右指定代理人 山田二郎

同 野田猛

同 川合弘

同 中山五郎

同 富永昭三良

同 佐々木宏中

主文

被告が原告に対し昭和三六年三月三一日付をもってした

(一)原告の昭和二八年分所得税の審査決定のうち、総所得金額を一九八、三七三円として計算した限度を超える部分

(二)原告の昭和二九年分所得税の審査決定のうち、総所得金額を一九一、四三四円として計算した限度を超える部分

(三)原告の昭和三〇年分所得税の審査決定のうち、総所得金額を一六六、七七六円として計算した限度を超える部分をいずれも取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告は「被告が原告に対し昭和三六年三月三一日付をもってした原告の昭和二八年分、二九年分および三〇年分所得税の各審査決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原告の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、原告はワイシヤツの製造および販売を営むものであるが、品川税務署長は昭和三三年五月二一日付をもって原告の昭和二八年分、二九年分および三〇年分の各所得税につき、左表のとおりの決定および無申告加算税賦課決定の各処分をした。

課税年度

総所得金額(円)

所得税額(円)

無申告加算税額(円)

昭和二八年

九九六、三〇〇

三六〇、八三〇

九〇、〇〇〇

昭和二九年

一、二六八、五七〇

四九〇、〇〇〇

一二二、五〇〇

昭和三〇年

一、二〇三、二八〇

四三二、三五〇

一〇八、〇〇〇

二、原告は、右各課税処分を不服として被告に対し適法に審査請求をしたところ、被告は、昭和三六年三月三一日付をもって昭和二八年分および二九年分の所得税につき、左表のとおりその一部を取消したのみで、その余の審査請求を棄却する旨の決定をなし、同決定書謄本はその頃原告に送達された。

課税年度

総所得金額(円)

所得税額(円)

無申告加算税額(円)

昭和二八年

七五八、七九三

二二二、四一〇

五五、五〇〇

昭和二九年

七四四、九一四

一七五、二〇〇

四三、七五〇

三、しかしながら、被告のした右各審査決定にはいずれも総所得金額を過大に認定した違法があるから、その取消を求める。

第三、被告の答弁および抗弁

(請求原因に対する答弁)

原告主張の請求原因一、二の事実は認めるが、同三の主張は争う。

(抗弁)

一、原告の昭和二八年分、二九年分および三〇年分の総所得金額は、それぞれ五、四三七、五九三円、四、二五〇、七五一円、四、五九三、四〇三円であり、その所得の内訳は左表のとおりである。

年度

事業所得(円)

配当所得(円)

不動産所得(円)

総所得金額(円)

昭和二八年

五、二三九、二二〇

一八五、五九三

一二、七八〇

五、四三七、五九三

昭和二九年

四、〇五九、三一七

一七六、一九四

一五、二四〇

四、二五〇、七五一

昭和三〇年

四、四二六、六二七

一五三、九九六

一二、七八〇

四、五九三、四〇三

二、右のうち、原告の争う事業所得金額の計算根拠は次のとおりである。(別表①)(なお、右松屋分の売上金額は、松屋に対する総売上金額から返品金額を控除したものであり、返品商品の再納入金額を含むものである。)

三、右収支計算のうち、争いのある「その他の売上金額」および生地、材料原価の算出根拠は次のとおりである。

(一)「その他の売上金額」

右「その他の売上金額」の内訳は別表一記載のとおりであり、これは原告の取引銀行である大和銀行品川支店、富士銀行品川支店、芝信用金庫高輪支店の原告の各預金口座へ入金された手形、小切手、現金等のうち、事業上の売上によるものでないと認められたものおよび松屋、高島屋から入金されたもの以外のもので事業上の売上によるものと認められるものを拾い出し、小切手等の振出人等ごとに累計したものである。

なお、右内訳中井上善之助に対する売上金額として集計したものは別表二記載のとおりである。

(二)生地、材料原価

原告は本件各係争年度の期首、期末に相当量の生地材料の在庫を有していたと推定されるところ、その在庫量が不明のため、本件各係争年分の生地、材料原価の実額を把握できなかったので、推計によって算出せざるをえなかった。

そこで、被告は、原告がその営業を法人組織に改めたのちの昭和三三年度から昭和三六年度にわたる四期の事業年度(以下、法人年度ともいう。)の総売上金額のうちにおいて占める生地、材料費の平均割合(以下、原価率というのは売上金額のうちにおいて占める生地、材料費の割合を指す。)を算出し、その原価率六二・六パーセント(その計算は左表のとおり。)を係争年分の前記収入金額に乗じ、生地、材料原価を算出した。(別表②)

なお、右売上金額は、総売上金額から返品金額を控除したものであって、返品商品の再納入金額を含むものであり、また、生地、材料費は、期首生地、材料在高に当期生地、材料仕入高を加算し、期末生地、材料残高を控除したものに、期首製品在高から期末製品残高および期末仕掛品残高を控除したものを加算したものである。

第四、被告の抗弁に対する原告の答弁および反論

(抗弁に対する答弁)

被告主張の抗弁一のうち、原告に被告主張の配当所得および不動産所得があったことは認めるが、その余は争う。同二のうち、「その他の売上金額」および生地、材料原価の点は争うが、その余の収入および経費の点は認める。同三(一)のうち、別表二記載の各入金がいずれも井上善之助から受取った同人振出または裏書の手形、小切手による入金であることは認めるが、その余は争う。別表一のうち、井上善之助に対する売上金額以外のものは、被告主張のものらに対する売上金ではなく、原告の右井上に対する生地の売上金である。すなわち、右井上は原告から生地を買受け、これを被告主張のものらに売渡したが、その代金として受領した手形、小切手等をそのまま原告に右生地の買受代金として交付したものである。また、別表二記載の入金にかかる手形、小切手は、井上善之助に対する売上金の回収として取得したものではなく、原告が他から借入れた資金を銀行に対する信用上、直接預金せず、右井上に依頼して同人振出または裏書の手形、小切手と交換して取得したものであるから、これを井上善之助に対する売上金と認めるのは、誤りである。同三(二)のうち、本件各係争年分の生地、材料原価を推計によって算出することが合理的であること、法人年度の生地、材料費の平均原価率が六二・六パーセントであること、法人年度の売上金額および生地、材料費が被告主張の計算式によって算出されたものであることはいずれも認めるが、法人年度の平均原価率をもって本件各係争年分の生地、材料原価率とすることの合理性は争う。

(原告の反論)

一、被告は、充分な調査をしたうえ、本件審査決定において、期中の生地、材料仕入高をもって当期生地、材料原価とみ、昭和二八年分、二九年分および三〇年分の生地、材料原価をそれぞれ三〇、三二一、〇一七円、三〇、三一〇、五八七円、二七、七八〇、六七九円と認定したのに、訴訟において、審査決定の認定根拠とは無関係な法人年度の原価率なるものを持出し、これによって計算した額を生地、材料原価として主張しているが、これは禁反言の法理から許されないところであって、失当というほかはない。

二、かりに、被告の右主張が許されるとしても、被告主張の法人年度の原価率を本件係争年度に適用することは左記理由により合理性がなく、審査決定におけるように期中の生地、材料仕入高をもって当期の生地、材料原価とする方が合理的である。

(一)本件係争年度と法人年度とでは、同一製品(既製ワイシヤツおよび仕立券付ワイシヤツ生地を含む。以下同じ。)の販売価格が約一、〇〇〇円から約一、二〇〇円に二割方値上りしているが、他方、その製品の生地の仕入価格は約三割方値下りしているのであるから、法人年度の原価率を本件係争年度に適用することは明らかに不合理である。

ちなみに、本件係争年度と法人年度とにおける製品の松屋に対する納入単価は左表1のように相違し、また、原告の主要生地仕入単価は左表2のように逐年値下りしているのである。

1.松屋に対する製品納入単価

年度

四〇番

六〇番

八〇番

平均

昭和二八年~昭和三〇年

六〇〇円

七五〇円

九〇〇円

七五〇円

昭和三一年~昭和三四年

六七五円

八二五円

九七五円

八二五円

昭和三五年~昭和三八年

八二五円

九七五円

一、〇五〇円

九五〇円

2.製品生地仕入単価および使用割合

品名

昭和

二八年

昭和

三〇年

平均

使用

割合

昭和

三三年

昭和

三四年

昭和

三五年

昭和

三六年

平均

使用

割合

一〇〇

二六〇

二三〇

二四五

五%

二一〇

二二〇

二二〇

二一五

二一六・三

五%

八〇

二三〇

一九三

二一一・五

}八〇%

一六六

一七〇

一七八

一七〇

一七一

八〇%

六〇

一八〇

一五三

一六六・五

一四五

一五五

一五五

一四〇

一四八・七

一〇%

四〇

番(白)

一二四・三

八四

一〇四・二

一〇%

八三

―――

九六

八〇

八六・三

五%

(色)

一六〇

一一五

一三七・五

―――

―――

―――

一一〇

一一〇

芯地

九六・五

九六・五

九六・五

九〇

九〇

一〇七

八八

九三・八

(なお、右表の単価は昭和二八年、三〇年および三三年が一ヤール当りの単価であり、その余は一メートル当りの単価である。)

(二)また、本件係争年度と法人年度とでは、左表のとおり、松屋からの返品が著しく異り、本件係争年度の方がはるかに多かった。そして、返品商品の再納入価格は本来の納入価格の約半額でしかなかったから、この点を無視して返品の少ない法人年度の原価率をそのまま本件係争年度に適用したのでは、本件係争年度の生地、材料費が不当に少なく計上されることになり、不合理である。(別表③)

(三)また、被告主張の「その他の売上金額」(ただし、右金額より別表一の井上善之助に対する売上金額を除く。)は、すべて生地の売上であるが、法人年度にはかような生地の売上はなかったから、右生地の売上金額にまで法人年度の原価率を適用することは明らかに不当である。

(四)さらに、被告主張の原価率は法人年度に使用された総生地原価を基にして算出されたものであるが、法人年度には本件係争年度において使用されていない左表のような極めて高価な生地を使用していたから、右原価率を条件の異なる本件係争年度に適用するのは不合理といわなければならない。(別表④)

(五)なお、試みに、被告主張の原価率を本件各係争年度に適用すると、期中の生地、材料仕入高から生ずる在庫高は、昭和二八年および二九年が各約五、〇〇〇、〇〇〇円、昭和三〇年が約三、〇〇〇、〇〇〇円となり、昭和三〇年末には実に一二、〇〇〇、〇〇〇円もの在庫を生ずることとなるが、このように毎年仕入額の約四〇パーセントにものぼる在庫が生ずるということは、ワイシヤツ製造販売業者にはありえないことであって、この一事をもってしても右原価率を本件各係争年度に適用することが不合理であることは明らかである。

三、なお、かりに、本件係争年度の売上金額に適用すべき原価率を求めるとすれば、係争年中における原告の主要販売製品である四〇番、六〇番および八〇番手のブロード生地の製品販売単価に対する生地、材料費の割合によるべきである。

しかるところ、右製品の松屋に対する納入価格およびその生地の仕入価格は前記のとおりであり、ワイシヤツ一着分の使用生地は通常一・五ヤールであるから、一着分の副材料(ボタン等)費を七五円とし、また、右各製品の販売比率を四〇番が一〇パーセント、六〇番および八〇番が各四〇パーセントとしてその平均原価率を算出すると、左表のとおり、昭和二八年および二九年は七〇・四七パーセント、昭和三〇年は六〇・〇六パーセントとなる。

1.昭和二八年および二九年分平均原価率(別表⑤)

2.昭和三〇年分平均原価率(別表⑥)

そこで、右原価率を前記松屋および高島屋に対する売上金額の合計額につき前記返品額による修正をした金額に乗ずると、左表(ヘ)のとおり昭和二八年分は二五、六九三、五五九円、昭和二九年分は二八、四七七、四〇二円、昭和三〇年分は二一、四一〇、四〇四円となるので、右金額に生地の売上金額である前記「その他の売上金額」を加算した金額(昭和二八年分は二八、八一二、八八三円、昭和二九年分は三〇、九三八、一二六円、昭和三〇年分は二三、八九〇、八六三円)をもって本件係争年分の生地、材料原価とみるべきである。(別表⑦)

第五、原告の反論に対する被告の再反論

一、原告主張の事実中、被告が審査決定において期中の生地、材料仕入高をもって当期生地、材料原価とみたこと、本件係争年分の生地、材料原価として審査決定の認めた額が原告主張のとおりであることは認める。

被告が生地、材料原価について審査決定額と異る額を主張するのは、審査決定における所得金額が過大に認定されたものでないことを論証するためである。審査決定額は審査決定時において把握した金額であるが、訴訟において主張する額は訴訟の段階でさらに精査のうえ把握した金額であって、被告は発見しうる最も正確な額を主張しているものにほかならない。すなわち、審査決定においては、期中の生地、材料仕入高をもって当期の生地、材料原価としたが、原告は期首、期末に相当量の生地、材料の在庫を有していたと推定されるから、期中の仕入高をそのまま売上原価とすることは所得計算の正確を期しがたいため、より合理的な計算方法として法人年度の原価率を採用し、これによって算出した額を主張したのである。

二、被告主張の原価率を本件係争年度に適用することが不合理である理由として原告の主張するところは、いずれも失当である。すなわち、

(一)原告主張のような製品の販売価格の値上り、生地の仕入価格の値下りといった事実はない。係争年度においても、製品の松屋に対する納入価格は、四〇番手が八〇〇円、六〇番手が九六〇円、八〇番手が一、〇四〇円であったし、また、本件係争年度と法人年度とにおける仕入生地の平均単価を調べてみると、次表のとおりであって、むしろ法人年度の方が値上りしているのである。(別表⑧)

(二)原告主張の事実中、松屋からの返品額が原告主張のとおりであることは認める。原告は返品商品の再納入価格が本来の納入価格の約半額であると主張するが、再納入価格は本来の納入価格の七割程度である。しかも、原告の場合、本来の納入価格の七割で再納入されるのは返品商品のうち、既製ワイシヤツのみであり、仕立券付ワイシヤツ生地、付属品、包装品、結合品(セツト商品に入れられる靴下、下着類等)は本来の価格で再納入されているのである。したがって、例えば、返品の多かった昭和二八年度についてみると、その返品額五、一五五、三二三円のうち、既製ワイシヤツ分は一、〇二九、三四八円、仕立券付ワイシヤツ生地分は三、三〇八、四三四円、付属品等の分は八一五、五四一円であり、再納入価格の問題となる既製ワイシヤツ分は総返品金額のわずか二〇パーセント、売上金額の二・六パーセント程度の微々たるものでしかないのであるから、返品額の多寡を云々する原告の主張は全く理由がない。

(三)また、原告は「その他の売上金額」(ただし、井上分を除く。)は生地の売上である旨主張するが、法人年度の売上金額中にも生地の売上が含まれているから、法人年度の原価率を適用してもなんら不都合はないのである。

(四)原告は、法人年度には本件係争年度において使用されていない高級生地を使用しているから、法人年度の原価率を本件係争年度に適用するのは不合理であると主張するが、同一営業における製品の売価とその原価との比率は、特段の事情のないかぎり、全体としてほぼ一定しているものとみるべきであるから、たとえ、法人年度と係争年度とにおける使用生地の一部に差があったとしても、これをもって直ちに原価率を異にするというのは早計である。

三、なお、原告は、本件係争年度の売上金額に適用すべき原価率は四〇番、六〇番および八〇番手ブロード生地の製品販売単価に対する生地、材料費の割合とすべきである旨主張するが、そのように取扱製品の一部にすぎないものの原価率をもって全体の原価率とすることは合理的とはいえない。

かりに、原告主張のような方法によるとしても、次のとおり、本件各係争年度とも前記法人年度の原価率より低くなるから、原告の右主張は失当である。

すなわち、係争年度における製品の売上単価(卸値)は四〇番手が六〇〇円、六〇番手が七五〇円、八〇番手が九〇〇円であり、これに対する生地の価格は、四〇番手が二〇〇円、六〇番手が三五〇円、八〇番手が五〇〇円であるから、一着分の副材料(ボタン等)費を七七円とし、また、右各製品の販売比率を原告主張の四〇番一〇パーセント、六〇番および八〇番各四〇パーセント、その他一〇パーセントとして通常の売上単価に対する生地、材料費の平均原価率を算出すると、左表のとおり五九・四五パーセントとなる。

係争年度の通常の売上価格(返品・再納入を考慮しないもの)に対する生地、材料原価率(別表⑨)

そこで、右原価率を純売上高に対する原価率に引き直すと、左表のとおり、昭和二八年分が六一・八パーセント、昭和二九年分が六二・二パーセント、昭和三〇年分が六〇・五パーセントとなり前記法人年度の原価率六二・六パーセントより低いことになる。

係争年度の純売上価格に対する生地、材料原価率

項目

昭和二八年分

昭和二九年分

昭和三〇年分

(イ)純売上高

三九、四九四、四二八円

四〇、三八七、九八三円

三七、六〇七、〇八〇円

(ロ)返品高

五、一五五、三二三〃

六、三一七、六九〇〃

二、二六五、一六五〃

(ハ)再納入売上高

((ロ)×70%)

三、六〇八、七二六〃

四、四二二、三八三〃

一、五八五、六一九〃

(ニ)通常価格売上高

三五、八八五、七〇二〃

三五、九六五、六〇〇〃

三六、〇二一、四六四〃

(ホ)仮定通常売上高

四一、〇四一、〇二五〃

四二、二八三、二九〇〃

三八、二八六、六二九〃

(ヘ)生地材料原価

二四、三九八、八八九〃

二五、一三七、四一六〃

二二、七六一、四〇一〃

(ト)純売上高に対する

生地、材料原価率

六一・八%

六二・二%

六〇・五%

第六、証拠関係<省略>。

理由

一、原告主張の請求原因一、二の事実

(本件課税処分の経緯)および原告の昭和二八年分、二九年分、三〇年分の所得として配当所得、不動産所得があり、その配当所得金額がそれぞれ一八五、五九三円、一七六、一九四円、一五三、九九六円であり、その不動産所得金額がそれぞれ一二、七八〇円、一五、二四〇円、一二、七八〇円であることは当事者間に争いがない。

二、そこで、被告主張の事業所得金額の有無について、以下検討する。

(一)収入金額について

本件各係争年度における原告の収入として被告主張の松屋および高島屋に対する売上金額があったことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第九ないし第一三号証、証人成島良一、同井上都の各証言および弁論の全趣旨によれば、被告主張の「その他の売上金額」は、被告が原告の取引銀行である大和銀行品川支店、富士銀行品川支店、芝信用金庫高輪支店の原告の各預金口座へ入金された手形、小切手、現金等のうち、事業上の売上によるものでないと認められたものおよび松屋、高島屋から入金されたもの以外のもので事業上の売上による入金と認められるものを拾い出し集計したものであり、乙第九ないし第一三号証(銀行調査元帳、当座預金元帳)中左欄外に○印のあるものがこれに相当し、別表一の内訳は右入金にかかる手形、小切手等の振出人もしくは裏書人ごとに集計したものであることが認められるところ、原告は、右内訳中井上善之助に対する売上金額として拾い出した別表第二記載の各入金は原告が他から借入れた資金を銀行に対する信用上、右井上に依頼して交換してもらった手形、小切手を入金したものであり、右井上に対する売上金の回収として取得したものではないと主張するが、これにそう証人井上善之助および原告本人尋問の結果は全く具体性に欠け、たやすく信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はなく、また、その他原告の抽出した右入金が原告の売上以外によるものとするに足りる特段の事情も窺われないから、右入金は、その金額および入金時期からして、原告の同年中における売上によるものと推認するのが相当である(なお、原告は、別表一のうち井上善之助に対する売上金額以外のものは被告主張のものに対する売上金ではなく、右井上に対する生地の売上金である旨主張しているが、事業所得の計算上収入金額に計上すべき売上金としては、当該事業にかかる売上金と認められれば足り、その売上先が何人であったか、また、それが生地の売上であるか製品の売上であるかは問うところではないから、たとえそれが原告主張のとおり井上に対する生地の売上金であったとしても、原価率の適用の点で問題となることがあるのは格別、右売上金額を原告の事業所得の計算上収入金額として計上すべきことにはなんら影響を及ぼすものではないといわなければならない。)。

してみると、本件各係争年度の収入金額についての被告主張額は正当というべきである。

(二)経費について

本件各係争年度の経費額については、いずれも生地、材料、原価の点を除き、すべて当事者間に争いがない。そこで、以下本件各係争年度の生地、材料原価について検討する。

証人成島良一の証言および弁論の全趣旨によれば、原告には本件各係争年分の生地、材料原価を明らかにする帳簿書類の備付けがなく、また、その基礎となる原始記録も一部しか保管されていなかったため、その生地、材料原価の実額を把握しえなかったことが認められるから、本件各係争年分の事業所得の計算上、生地、材料単価については推計によって計算するのほかないというべきである。

被告は、原告の法人年度における生地、材料原価率を本件各係争年度の売上金額に乗じ、その年分の生地、材料原価を推計する方法を主張するところ、原告は被告が本訴において本件審査決定の認定根拠とは無関係な法人年度の原価率なるものを持出し、自ら審査決定において認めた生地、材料原価と異なる額を主張することは禁反言の法理により許されないと主張するので、まず、この点について判断する。

本件審査決定では、本件各係争年度の生地、材料仕入額をもってその年分の生地、材料原価としたのであって、被告主張のような原価率による推計計算によって生地、材料原価を算出したものではなく、その額も異なることは被告の認めるところであるが、審査庁たる被告が審査決定の取消訴訟において審査決定におけると異なった推計計算による数額を主張すること自体が禁反言の法理により一般的に制限を受けると解すべき根拠は全くなく、また、それにより処分の同一性が害されるものでもないから、原告の右主張は採用することはできない(なお、付言すると、昭和三七年法律第六七号による改正前の所得税法四九条六項は審査決定に理由を附記すべきことを定めているが、その趣旨は、これにより審査庁の判断を慎重ならしめるとともに、その判断が審査庁の恣意に流れることを抑制し、究極においてその公正を担保することにあるのであって、当該附記理由以外の理由によって審査決定が維持されることがないということを審査請求人に対して保障したものとまで解することはできないから、かような観点からみても、被告の主張が許されないものということはできない。)。

そこで、次に、被告主張の推計計算の合理性について検討する。

法人年度の生地、材料原価率が六二・六パーセントであることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、原告は大正一四年頃から一貫してワイシヤツの製造、販売業を営んでいるものであり、本件係争年度と法人年度とでは、その営業組織を個人から法人に改めた差異があるとはいえ、その営業規模および営業形態には格別の変更はなく、ほぼ同程度のものであったことが認められるので、右法人年度の生地、材料原価率をもって本件各係争年度の生地、材料原価を推計計算することは、一見合理的であるかのようにみえないではない。

しかし、原告本人尋問の結果によると、原告の主要販売製品は一〇〇番、八〇番、六〇番、四〇番手の白生地の製品であり、これらが全製品の約九割を占めていること、このことは本件係争年度と法人年度との間でも同様であったことがいずれも認められるところ、<証拠>によれば、ワイシヤツ生地は本件係争年度に比べ法人年度は一般的に値下りし、原告の主要製品である一〇〇番、八〇番、六〇番、四〇番手の白生地の仕入価格は左表一のとおりであり、法人年度と昭和二八年とでは一〇〇番手で約二二・二%、八〇番手で約三〇・六%、六〇番手で約二二・五%、四〇番手で約三二・七%、昭和二九年とでは一〇〇番手で約一四%、八〇番手で約二一・七%、六〇番手で約一七%、また、昭和三〇年とでは四〇番手はほぼ同一であるが、一〇〇番手で約一二・一%、八〇番手で一七・一%、六〇番手で九・五%値下りしていることが、また、成立に争いのない甲第三号証および原告本人尋問の結果によれば、被告の主要販売先である松屋に対する八〇番、六〇番、四〇番手の白生地の製品納入価格は左表二記載のとおりであり、一〇〇番手の白生地の製品販売価格も本件係争年度と比べ法人年度はほぼ同程度値上りしていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(原告の各種仕入生地の平均単価を算出した前掲乙第一六号証の一、二、第一七号証の一ないし四によれば、一ヤール当りの仕入生地平均単価は本件係争年度が一八〇円二六銭法人年度が一九八円九四銭であり、法人年度の方が高いことが認められるか、右は各種仕入生地の使用数量を含めた加重平均単価ではなく、単純平均単価であり、また、原告本人尋問の結果によると、法人年度の仕入生地の単価のうちには、係争年度には含まれていない高価な生地の単価が含まれていることが認められるのであるから、このことをもって前記認定の生地の値下りの事実を覆すには足りない。また、松屋の昭和二八年九月から昭和二九年二月までの原告に対する買掛元帳である成立に争いのない乙第一八号証の三には、「誂券一四〇A、単価八〇〇円」「誂券一六〇A、単価九六〇円」、「誂券一八〇、単価一、〇四〇円」との記載があるが、証人小泉肇の証言(二回)によれば、右記載の納入価格はいずれも色ものの製品価格であると認められるから、右記載をもって前記認定の製品の納入価格の値上りの事実を覆すには足りない。)。

表一(仕入生地一ヤール当りの単価) 単位(円)

品名

昭二八年

昭二九年

昭三〇年

昭三三年

昭三四年

昭三五年

昭三六年

法人年度平均

一〇〇番

二六〇

二三五

二三〇

二一〇

二〇一

二〇一

一九七

二〇二・二五

八〇番

二三〇

二〇四

一九三

一六六

一五五

一六三

一五五

一五九・七五

六〇番

一八〇

一六八

一五三

一四五

一四二

一四二

一二九

一三九・五

四〇番

一二四・三

八四

八三

八八

八八

八三・六

表二(松屋に対する製品の納入単価)

品名

昭和二八年~

昭和三〇年

昭和三一年~

昭和三四年

昭和三五年~

昭和三八年

八〇番

九〇〇円

九七五円

一、〇五〇円

六〇番

七五〇円

八二五円

九七五円

四〇番

六〇〇円

六七五円

八二五円

しかして、ボタン等の副材料費については、本件係争年度と法人年度との間でさしたる変化がなかったことは弁論の全趣旨より明らかであるから、前示認定のような事情を考慮するならば、法人年度の原価率をもって直ちに本件係争年度に適用することは相当とは認め難いといわなければならない。

(三)してみると、本件各係争年度の生地材料原価についての被告主張額は正当とはいえず、したがってまた、被告主張の事業所得金額も正当なものとして認めるに由ないものといわなければならない。

三、そうすると、原告の本件各係争年度の総所得金額は、当事者間に争いのない配当所得および不動産所得の合計額というほかないから、被告が原告の昭和二八年分所得税についてした本件審査決定のうち総所得金額を一九八、三七三円として計算した限度を超える部分、昭和二九年分所得税についてした本件審査決定のうち総所得金額を一九一、四三四円として計算した限度を超える部分、昭和三〇年分所得税についてした本件審査決定のうち総所得金額を一六六、七七六円として計算した限度を超える部分はいずれも違法であり、取消を免れないものといわなければならない。

よって、右の限度において原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、その余の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 佐藤繁 海保寛)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例